大会会長挨拶
大会テーマ:自我を鍛える-力動的発達のために
Congress Theme:Ego Training for Dynamic Development
「自我を鍛える」。この熱、そして価値を現代から失わせてはなりません。むしろ、本気で取り戻す必要があるとの思いから、第28回年次大会を開催します。S. フロイトは、「メンタル(こころ)」の中核に、自我(エゴ)機能を見いだし、その発達・成熟治療のための「精神分析」を生み出しました。自我とは、自分という世界(宇宙)を経営する主体となる心の機能をさします。自分の世界を会社に例えるならば、自我は経営者です。健全でタフな経営者がいなければ、優勝劣敗の酷薄なグローバル環境において、いとも簡単に地域・会社組織が崩壊するように、一人一人が心を見失い崩壊する危機が、今まさに高まっています。
最近は、プロアスリートをはじめハイパフォーマーの華々しいニュースが踊っています。その影で、戦争、紛争、大災害、そこに巻き込まれる子どもたちの不幸があまりにも目立ちます。教育領域では、発達障害診断があまりにも蔓延し、十分な治療的対応を得られぬままに行き詰まる子どもたち、親御さんたちが多くいます。先生の不祥事や、いじめの問題や不登校の問題も留まるところを知りません。産業界も、うつや適応障害による休職、転職により組織機能不全が蔓延しています。こうした深刻な問題に対しては、人に優しく見える人権思想やハラスメント対策が、奏功するどころか、逆に人の生きる力を削ぐ窮屈な集団力学を生んでしまっていると言うと言い過ぎでしょうか。何より、あらゆる家庭や社会のあらゆる領域における教育、人材育成が十分に機能していません。むしろ、知能爆発をしたAIに人間世界が凌駕されるというS. ホーキング博士の大きな懸念は、まさに現実化しつつあります。また、人による輝きにこその魅力で生きるハイパフォーマーの世界では、「メンタルコーチング」への関心は高まっていますが、彼らのイップスや心身不調によるパフォーマンス不全は、活躍の表舞台の裏で人知れずその人の苦悩を大きくし、人生の道を閉ざすほどの危機すら生みます。ゆえに、今の世界のあらゆるところに、「ここぞの場面」で力を最大化し、人生を生き抜くための自我を鍛え、自身の中にあるエネルギーを燃やし発達・成熟することを助ける力動的心理療法が必要なのです。しかし、力動的心理療法を使いこなせる専門家の数も圧倒的に少ない。力ある心理療法家の育成のためには長い時間をかけたタフな訓練が必要でありながら、日本においては、訓練には目を向けられない大きな問題も横たわっています。
2024 年 1 月 1 日に、最大震度7の能登半島地震が発生しました。多くの方が犠牲となりました。心よりのご冥福を、改めまして、お祈り申し上げます。本学会は、1つのミッションとして、東日本大震災を契機に、宮城県仙台市、福島県郡山市、熊本県熊本市のメガ災害被災地での年次大会の開催をし、そして、IADP会員が、被災地各所で対策リーダーシップを取り、大災害 PTSD の予防心理療法と力動的心理療法対応を続けてきました。また、世界中を襲った Covid-19 パンデミック対応の医療者に対する危機介入からの心理療法も実施してきました。こうしたメガ災害による身体・物理的被害に隠れて、人心の問題が対応の網から零れ落ちる危機が、今もなお目の前にあるからです。
そこで、原発問題を抱え、長い復興の道のりが続く福島県郡山市にある老舗のホテルを会場に、合宿形式による年次大会を開催することを決めました。大会テーマそのままに、プログラムを活用して、参加者が自ら、そしてお互いに自我を鍛えることを目的にしたいと思います。現代の心の迷妄に即応し、力動的心理療法を実践できるようになるために、タフな自我が専門家にこそ必要だからです。しかし、自我の鍛錬は、一日にして成るものでありません。アスリートや職人が日々これ自らを磨くように、日々のトレーニングが必要です。本学会の若き事務局員や、まだまだ若手に負けぬと踏ん張る理事の面々が、実りある大会開催のために、それぞれの自我を鍛えつつ、日々奮闘しています。自我は、チャンレジして、突き抜けて、転んで、傷ついて、立ち上がって、育ちます。参加する会員のみなさんも、それぞれの自我を意識して磨いて、本大会にご参加いただけると嬉しいです。
最近、ご逝去された小沢征爾さんのドキュメントを見ました。「個」のタフさがあってこその「調和(ハーモニー)」が生まれると何度も強調していました。強い個と調和のオーケストラに、世界平和のイメージを見いだし、命をかけてかつユーモアも忘れずに、その必要性を切々と訴えている姿です。さらに、満州生まれの日本人である自分が、長野という地域に根差し、西洋の音楽をものにすることができるかという「実験」を行ってきたと言います。深い共感を覚えました。自我の鍛錬なきところに、東洋が強調した豊かな自己(セルフ)との出会いも、「我欲」の克服も、集団力の発揮もありません。「エゴトレ」を合言葉に、郡山の地で、ぜひ、自我の鍛錬と、心の平和の心理療法的追求を共にできることを楽しみにしております。
第28回年次大会 大会会長
橋本 和典
大会会長プロフィール
サイコセラピスト(資格:臨床心理士・公認心理師)・博士(教育学)。東日本大震災後の大災害PTSDの心理療法・予防心理教育ための福島復興心理・教育臨床センターを福島県郡山市に立ち上げ、現在も活動継続中である。2024年3月時点で、実活動日数193日、のべ7104名がセンターを活用した。
【専門】
臨床心理学、特に心の創造的発達変化を目的とする精神分析的システムズ心理療法および集団精神療法。特に、1)メガ災害PTSR/PTSDの予防・心理療法トリートメントシステムのモデル構築;郡山モデル、2)青年期アイデンティティグループを用いたアイデンティティ・創造性発達機序、3)青年期困難患者の自己破壊性脱却機序、4)コロナ禍における危機介入心理療法・組織開発、5)ハイパフォーマーの人格機能解明について臨床実践・研究を進めている。
【略歴】
福島県須賀川市生まれ。国際基督教大学教養学部卒(1996 年)。東京大学大学院教育学研究科(修士)修了(2000 年)。国際基督教大学大学院教育学研究科(博士)終了(2013年)。PAS心理教育研究所にて、精神分析的心理療法のトレーニングを受けながら、品川区教育相談センター、相州メンタルクリニック中町診療所、東京大学駒場学生相談所にて、臨床経験を積む。2006 年にPAS心理教育研究所のクリニカル・ディレクターとなり、現在理事を務める。2013年9月に福島復興心理・教育臨床センターを立ち上げ、現在も活動を継続している。また同年、国際基督教大学大学院に准教授として着任し、立教大学特任准教授を経て、2020 年 4 月より国際医療福祉大学大学院准教授となり、現在に至る。